最初は「キラキラした石たちが戦う、少し変わったファンタジーなのかな?」と軽く考えていた。キャラデザも美麗だし、のんびりとした日常系に近い雰囲気さえ漂わせていたからだ。しかし、その認識は最初の数話で完璧に粉砕されることになった。この作品の本質は、登場人物たちが経験する「あまりにも過酷な変化」にある。

主人公のフォスフォフィライトが、脆い体から少しずつパーツを失い、それと引き換えに新しい力を、そして新しい自分を手に入れていく過程。それは成長という言葉では到底形容できない。「自分が自分でなくなること」への恐怖と、それでも歩みを止められない絶望的なまでの切実さ。この物語には、視聴者のアイデンティティを根本から揺さぶるような冷徹な哲学が流れている。

中盤から後半にかけての怒涛の展開は、もはや美しいという感情を超えて、ある種の畏怖すら抱かせる。宝石という、永遠の命を持つはずの存在が、数千年の時を経て「個」を喪失していく様子をここまで執拗に、かつ詩的に描いた作品は他にないだろう。ただのファンタジーだと思って観始めたはずの自分が、なぜか深夜に画面の前で「自分とは何か?」という問いに押し潰されそうになりながら、それでも続きを再生する手が止められなかった。

結末へと至るまでの軌跡は、あまりにも残酷で、それ以上に神秘的だ。視聴後、鏡に映った自分の顔が以前と同じに見えることが、なぜか不思議でたまらなくなる。これほどまでに脳の深層心理に深く深く浸透してくる体験は、そうそう味わえるものじゃない。もし未視聴なら、覚悟を決めてその扉を叩いてみてほしい。君の心の形が、少しだけ変わってしまうかもしれないから。